1. はじめに:点から線、そして面へ
Web/A プロトコル群は、単なるドキュメント形式の提案ではありません。それは、データの「作成(Foundry)」、「インターフェース(Interface)」、「所有(Ownership)」、そして「配送(Infrastructure)」のすべてを再定義し、プラットフォームに依存しない**「自律的な信頼のネットワーク」**を構築するためのエコシステムです。
本稿では、主要な5つの構成要素がどのように連携し、ユーザーのデータ主権と業務の自動化を両立させるかを概観します。
2. エコシステム・マップ(全体像)
Web/A エコシステムにおける情報の流れは、一方的な配信ではなく、発行者、利用者、そして仲介者が織りなす有機的なサイクルです。
graph TD
classDef highlight fill:#f9f,stroke:#333,stroke-width:2px;
classDef blue fill:#eef,stroke:#333,stroke-width:1px;
classDef green fill:#efe,stroke:#333,stroke-width:1px;
classDef yellow fill:#fffbe6,stroke:#333,stroke-width:1px;
%% エンジン
Maker[Web/A Maker / SSG]
subgraph Documents [インターフェース / ファイル]
Form[Web/A Form]
Doc[Web/A Document / Report]
Aggregator[Web/A Aggregator]
end
subgraph Storage [所有・管理]
Folio[Web/A Folio / Briefcase]
end
subgraph Network [配送・仲介]
Post[Web/A Post / Postal Hub]
end
%% リレーション
Maker -->|1. ビルド・署名| Form
Maker -->|1. ビルド・署名| Doc
Maker -->|1. ビルド・署名| Aggregator
Form -->|2. 入力・署名・送信| Doc
Doc -->|3. 受領・検証・保存| Folio
Folio <-->|4. 配送・委託・同期| Post
Post <-->|5. 組織間連携 / 配送| Post2[他の Web/A Post]
Post -->|6. データ収集・通知| Aggregator
Aggregator -->|7. 分析・フィードバック| Maker
%% クラス適用
class Maker yellow;
class Form,Doc,Aggregator blue;
class Folio highlight;
class Post green;
3. 各コンポーネントの役割
3.1. Web/A (Format) ― 信頼の最小単位
すべての基盤となる**「アーカイブ品質」のドキュメント形式**です。
- 特徴: 単一の HTML ファイルに HTML(視覚)、JSON-LD(構造データ)、フォント、署名を封印。
- 価値: 50年後もブラウザで「読める」ことと、その瞬間に機械が「検証できる」ことを同時に保証します。
3.2. Web/A Maker & Aggregator (Foundry) ― 信頼の鋳造と分析
Sorane SSG (Static Site Generator) を核とした、ドキュメントのライフサイクルの始点と終点を担うツール群です。
- Maker: テンプレートから、署名済みの Web/A ドキュメントやフォームを生成。
- Aggregator: Post を通じて提出された署名済みデータを収集・解析し、ダッシュボードや統計情報を提供。
- 価値: 開発者が既存のワークフローの中に、自律的な「信頼の生成」と「集計・分析」を容易に組み込めるようにします。
3.3. Web/A Form (Interface) ― 対話するドキュメント
Web/A に「入力」と「秘匿性」の機能を加えた、対話型のドキュメントです。
- 特徴: フォーム自体が自律的なプログラムとして動作し、回答者の Passkey 署名や受信者限定の暗号化(L2E)を行います。
- 価値: サーバー側で入力を待つのではなく、ドキュメント自体が「回答を携えて戻ってくる」モデルを実現します。
3.4. Web/A Folio (Ownership) ― デジタル書類鞄
ユーザーの手元(ローカル)で、自らの証拠や履歴を管理するパーソナル・データコンテナです。
- 特徴: 「ウォレット」が主に ID を扱うのに対し、Folio は大量の「書類(レコード)」を構造的に保持します。
- 価値: 自分のデータは自分の手元にあるという、真のデータ主権(Self-Sovereignty)の拠り所となります。
3.5. Web/A Post (Infrastructure) ― 知的郵便拠点
Folio 間のメッセージ配送と、アイデンティティの仲介を担う配信インフラです。
- 特徴: マスターデータは保持せず、ルーティング、コンテキスト管理、および「不在時の代理応答」に特化します。
- 価値: 常時接続を維持しつつ、ユーザーの代わりに「門番」や「受付」として機能するインテリジェントな窓口となります。
4. AI エージェントのためのインフラ:Bring Your Own AI Agent (BYOA)
現在の AI エコシステムは、特定のプラットフォーム内部で完結する「分断されたサイロ」になりがちです。あるエージェントは高度な推論ができても、ユーザーのマスターデータ(証拠)にアクセスできず、また別のエージェントはデータを読み取れても、その真正性を検証する術を持ちません。
Web/A エコシステムは、「Bring Your Own AI Agent (BYOA)」、すなわちユーザーが自ら選んだ AI エージェントを連れてきて、安全かつ高度な自動化(Automation)を実現するための共通インフラを提供します。
- エージェントへの「目」と「手」の提供: Web/A の機械可読性(JSON-LD)と Post の配送機能は、AI エージェントにとっての「共通言語」と「神経系」になります。
- 信頼のチェーン: エージェントは、受け取ったドキュメントが改ざんされていないか、誰によって署名されたものかを、プラットフォームを介さずに自律的に検証できます。
- 構造化されたコンテキスト: Folio に蓄積された構造化データは、エージェントがユーザーの状況を正確に把握(RAG 等)し、精度の高い支援を行うための基盤となります。
5. 実装と展開:CLI から大規模・広域展開へ
Web/A エコシステムは現在、開発者向けの参照実装として提供されていますが、そのロードマップは公共・民間・個人を横断する大規模な広域展開を見据えています。
- Folio CLI / MCP (現在): AI エージェントや開発者が、コマンドラインや MCP (Model Context Protocol) を通じて直接データを操作・検証できるツール群。
- 大規模・広域展開 (将来): Folio は個人や小規模団体が直接管理するだけでなく、国と自治体(G2G)、事業者間(B2B)、あるいは事業者と行政(B2G)を跨ぐ公的な証跡交換の標準インフラとして機能し得ます。
- サービス基盤への統合: 多数の顧客接点やデータを保持する機関、あるいは複雑な申請・手続の UX を劇的に改善したい事業者が、この参照実装を自社サービスに統合し、ユーザーにセキュアな「書類鞄」としての機能を提供することが期待されます。
6. ユースケース・シナリオ:一連の流れ
- 発行: 発行組織(企業、自治体、団体等:Maker)が、公式な調査票や手続き用の Form を公開する。
- 受領: ユーザーの AI エージェントが、Folio に届いた通知を受けて内容を解析し、ユーザーに提案する。
- 作成: AI エージェントが Folio 内の既存プロファイルから下書きを作成し、ユーザーが確認・署名を行う。
- 提出: 暗号化されたパッケージが Post を通じて、相手先の組織へ最小限の露出で配送される。
- 代理応答: 受信側の Post が自動検証を行い、即座に受理証を返信。ユーザーのエージェントがそれを記録する。
7. 結論:プラットフォームを超えた自由
Web/A エコシステムが目指すのは、特定の巨大プラットフォームにログインしなければ何もできない世界からの脱却です。
Web/A という「信頼を封じ込めた容器(ドキュメント)」と、それを自律的に扱うツール(Maker / Form)、所有する場所(Folio)、そして届ける経路(Post)。これらが組み合わさることで、ユーザーは自ら選んだ AI と共に、物理的な「書類」が持っていた自由度と、デジタルならではの知的な自動化を享受できるようになります。